魚型パレット

提供: BellisWiki2
2025年12月26日 (金) 14:05時点におけるBellis (トーク | 投稿記録)による版 (私的考察)
(差分) ← 古い版 | 最新版 (差分) | 新しい版 → (差分)
ナビゲーションに移動 検索に移動
魚型パレット (イルカ型)
ルーヴルのイルカ型

王朝誕生前のエジプトの遺跡から発掘される魚型パレット(Fish cosmetic palette)は、動物を型どって作られたパレットの一つで、よくみられるものである。魚型パレットの大部分は卵円形である。

パレットの大部分は片岩、砂岩、泥岩等でできている。

説明

[編集]

バダリ文化(紀元前4400~4000年頃)[1]またはナカダI期(紀元前4400~3500年)から出土する最も古いパレットは、後の時代のものよりも装飾が乏しい。魚型パレットはナカダ文化の期間の一般的な副葬品であり、装飾が乏しいことは階級差が少ない社会であったためと考えられる。

卵円形の魚の多くは、後の時代に使用されることとなったヒエログリフに似ている。ガードナーのヒエログリフ・リストにおけるチカダイ またはイズミダイを示すK1、あるいは卵円型の魚を示すヒエログリフK5である。

魚型パレットの例

[編集]

チカダイ(ノースカロライナ美術館)

[編集]

ノースカロライナ美術館は、約12.7x8.26cmのチカダイ型パレット(砂岩)を所蔵している。それほど大きなものではないが、背びれ、尾びれ、前後の胸びれが描写されている。口も作られ、紐を通す穴が開けられている。

チカダイ型パレット(アダイマ墳墓S128)

[編集]
アダイマの地図
フランス語版wikipedia:Adaïmaより

エジプトにあるアダイマ[2]の墳墓で発見されたチカダイ型パレットは約19cmである。単純で体長の延長上にあるが、先端を切ったような背びれはチカダイであり、おそらくナカダI期(紀元前4400-3500年 )のものであろう。尾びれの端は非常に単純化され、彫刻もされていない。前方と後方の胸びれにはそれぞれ3本の線が刻まれている。顔の部分には弧状の線が鰓裂として2本描かれている。黄色がかった目は象眼されている。[3]

ルーヴル美術館のイルカ型

[編集]

ルーヴル美術館のイルカ型パレットはナカダI期(紀元前4400-3500年)あるいはII期(紀元前3500-3200年)のものである。それは単純に尾びれと背びれに後方に向かって溝が彫られている。パレットには(主に貝殻で作った)白い目が散りばめられている。比較的長いもののため、紐を通す穴は3つ開けられている。

美術史美術館(ウィーン)の魚型パレット

[編集]
ウィーンのパレット

美術史美術館(ウィーン)の魚型パレットは、一般の魚型パレットよりも装飾的である。これはチカダイ型で、魚の中央に大きな円が目立つ。[4]パレットに浅く彫られたその他の小動物は、魚、2羽の雛を連れたアヒル、ワニ、鳥である。

私的考察

[編集]
男性形の月の神について

アダイマの地図を見れば分かるように、ナカダ文化は上エジプトに発生した文化で、その分布域は後の時代に「男性形の月神」信仰が目立った地域と重複している。

ナカダ文化におけるパレットは副葬品として使用されており、死者の再生につながる霊的なアイテムとしてみなされていたように思う。時代が下ると「パレット」には王の事跡等が刻まれるようになり、王がこの「霊的なもの」と関わるとみなされるようになった。この「霊的なもの」とは王権が発生して以降、王権に関わる「神」としてみなされたものの原型がナカダ文化に存在していたことを示すのではないだろうか。

このパレットは化粧用品としても使用されたと考えられているが、古代エジプトにおける「化粧」とは現代で言う「アイライン」とか「アイシャドウ」というものである。要するにツタンカーメンのミイラなどにみられるように「」を強調する化粧を重要視していた。これは日差しがきつく埃っぽい地域においては、目を保護する「薬用品」としての意味も持っており、単なる装飾の技法ではなかった。また高貴な人にとっては自らの「権威」を示す装飾でもあったのではないだろうか。

ルーヴルのイルカ型パレットは目が波紋状となっている。目が波紋となっているということは波紋が起きる「水」とイメージが重なる。これは渦巻紋に類似しているように思うし、古代中国で「渦巻紋」といえば雷神を表す「雷紋」のことを指す。

ウィーンのパレットの左側には二羽の小さい鳥を連れた一羽のアヒル(水鳥?)である。河姆渡文化の神紋と比較して、親鳥は太陽神(女神か?)。子神達は雷神(あるいは火雷神と風水神)と考える。

右側には魚の体に鳥やワニが描かれている。鳥は古代エジプトにおいても他の地域と同様、太陽や月の象徴とされる存在である。また、ワニは王国時代に入ると「ソベク」という神となって信仰の対象とされる。彼らの上に更に魚が描かれている。良渚文化の神紋との比較になるが、おそらく

  • 最上位にある魚:最高位の雷神
  • 中段の鳥:太陽神
  • 下段のワニ:水神

という構成なのではないだろうか。ナカダ文化の人々が知っていたメジャーな二大宗教観をどちらも盛り込んで、死後の神々の御利益を余さず手に入れようとしたものかと考える。

ごく単純に考えれば、左側の図は後のイシス(親鳥)、オシリス(子)、セト(子)に相当する神々の原型。右側の図はクヌム(雷神)、ホルス(太陽神)、ソベク(水神)となろうか。ナカダ文化においては、後のクヌムに代表されるような「月神」は、クヌムに「水神」としての性質があるように、地上に水をもたらす雷神の性質も兼ねていたと考える。上エジプトの太陽鳥神は当然ホルスなのではないか。ワニ神はセベクと、もしかしたらアペプに別れたかもしれないと思う。アペプの方には上位の神々と対立する中国の「共工」のような性質が分けられたが、セベクの方は恐るべき軍神だが「共工」のような悪神としての性質は弱いとされたのだろう。

ナカダ文化のクヌムが「魚」の姿で表されるのは、名前が類似しているメソポタミアのエンキと同類の神とみなされていたからではないか、と考える。

関連項目

[編集]

参照

[編集]
  1. バダリ文化の中心地であるバダリ(Badari)やアシュート(Asyut)はヘルモポリスとアクミンのほぼ中間に位置する。ナカダ文化は先行するバダリ文化を受け継いだものである。
  2. アダイマの遺跡はテーベの近くに存在する。
  3. Naqada I fish cosmetic palette p. 49, The Oxford History of Ancient Egypt.
  4. 原文は中央の円の中で化粧品が混ぜ合わされていた、と受け取れるニュアンスで書かれているが、このような「パレット」が後に「ナルメル王のパレット」のように記念碑や、神話的な事物を描かれるものに発展することを考えると、単なる化粧用の道具ではなく、祭祀的な要素を含む副葬品として使われたのではないかと考えるため、訳文からは「化粧用具」としてのニュアンスをやや意図的に外してある。

参考文献

[編集]

Wikipedia

[編集]

Wikipedia以外

[編集]

原文

[編集]

この記事は、2014年5月30日に作成したものを、主に考察について新たに加筆修正しました。当時参考にしたWikipedia以外のサイトの多くはリンク切れとなっていたので、リンク切れのものは削除しました(25-12-26)。